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サステナビリティセンター:太齋彰浩さんインタビュー

南三陸は町境が分水嶺と重なっているため、降った雨が町内の森里を潤し志津川湾に注ぎ込むという独特の地形を持っています。また人・森・里・海の関係性が近く、資源も豊富、人口も一万人ほどとコンパクトなため、持続可能な循環型社会のモデルを創るのに非常に適した環境を兼ね揃えている町です。

この特性を活かし、町は持続可能な地域社会を創るための研究センター「サステナビリティセンター」の設立に向けて動き始めています。今回はそのファシリテーターとして活動する太齋彰浩さんにお話を伺いました。

持続可能な地域社会を創るための研究センター「サステナビリティセンター」設立に向けての動きが始まっていますが、このプロジェクトが出来上がるまでの経緯を教えてください。

この町にはそもそも自然環境活用センター(ネイチャーセンター)と言うのが町立でありました。そのセンターは行政が建てた施設であまり目的が定まっていなく、使われていなかったんです。そこで所長になった人が、私の大学時代の研究室のボスでした。志津川湾を望む町の施設があって、そこを面白いものに作り変えますという話を聞いたんです。面白そうだなと思いました。以前は電力関係の研究所で働いていたんですが、その話をきっかけにこの南三陸町に移住してきました。

この町には隠れた資源がたくさん転がっていたので 、研究者が活躍できる場を作り、それを見える形に再構成して一般の人に提供するということを地域密着で行っていました。それが下地となり、その後は外からの研究者が訪れたり、小・中学生を中心にした体験型プログラムを作ったりといった流れができ、最終的には年間2千数百人の人がこの地に訪れるようになったんです。またダイビング事業も生まれて、これは年間1,200人の人が訪れていました。そこに参加する人たちの目的は、三陸に存在する変な生き物を見ることだったんです。

他の地域に比べると三陸の海は研究者が少なく 、特徴的で面白い海なのにあまり知られていなかったんですよね。

 

特徴的で面白い海といいますと?

簡単に言うと、ここは黒潮と親潮が交わる海で、南の生き物と北の生き物が両方見れちゃうんです。例えばタコ。マダコというのは暖かいの生き物で、 ミズダコというのは冷たい海の生き物なんですがその二つの種類のタコが季節によって両方見れる。それからホヤ。岩肌にぶわーっと生えている様子って他では見れなくて、これは本当に三陸の特徴的な様子なんです。こういう環境が、人の生活に実際に結びついていて、研究者の目も入ることができるという場所はなかなかないんですよ。

こうやって研究と教育と人との交流をつなげて10年ほど運営してきたんです。そしてそろそろ次のステップにと考えているところに震災に遭いました。
この自然環境活用センターでの活動がサステナビリティセンターの根っこになります。


 

震災前まで運営されていた自然環境活用センターをなぜサステナビリティセンターへ進化させようと思ったのでしょうか?

震災の時に全てを失って、またゼロから街づくりをしなきゃいけない時に、今までの地域社会がまったく震災に対応できていなかったなという思いが強くありました。

例えば、エネルギー。震災時とても寒かったのですが、ガソリンとか灯油を得るのに大変苦労しました。それから、これはすごい話なのですが、震災の翌日に南三陸町の山の手にある入谷地区というところからおむすびが届きました。それって本当にありがたい話で。おかげで私がいた避難所では、食べ物がなくて飢えるという状況にはならなくて、それってすごいことだなと思ったんです。

震災に遭ったことでいろいろな事に気づきました。そして被災した我々がやるべきことは、震災に対応可能な環境やシステムをもう一度見直すということなのかなと思ったんですよね。その動きを具現化するために、バイオマス産業都市構想という、町にある資源をぐるぐる循環させることができる仕組みを南三陸町の計画として作ったんです。

震災前にあった自然環境活用センターは、海に偏った施設でした。その後震災が起こって、町のほとんどが流された時に森だけは残りました。そこで、森に残っている資源を利用しようという動きが自然な流れで始まりました。分水嶺に囲まれた町として、森から海まで一貫した循環を作っていくことで、この町の特色がだせるのではないかと。そして、そこから森里海という繋がりをしっかりと科学的な裏付けを持ってバックアップできるような施設を作る必要があるんじゃないかと考えて、サステナビリティセンターの構想が出来上がりました。


 

サステナビリティーセンターは現在町の計画として位置付けられていて、太齋さん自身もファシリテーターとして協力しながらこれまで町のさまざまな方と何度も議論を重ね設立準備に動いていると聞きました。

そうなんです。このサステナビリティセンターのプロジェクトは、南三陸町の行政を挙げて地域再生計画という地方創生のプロジェクトとして正式に検討を進めています。急激に進む人口減少から生じるさまざまな課題に対し、町全体の計画として総合戦略を立案しました。「森里海ひと いのちめぐるまち 南三陸町」を目指すべき将来像として、これまでさまざまな取り組みを進めてきました。地方創生の部署ができてからは3年、総合戦略ができてからはすでに2年弱が経過しています。

その中の計画のひとつとして、官民が連携して地域資源を活かすプラットフォームづくりが挙げられており、私はそのファシリテーターとして様々な立場からなる委員の皆さんと議論を重ねながら計画を進めています。林業・運送業・漁業に携わる方たち、そして行政の最知副町長や課長なども委員として参画していまして、サスティナビリティセンターはこの地域資源プラットフォームの中核機能となるものです。
 

この新たなプロジェクトである「サステナビリティセンター」における役割や目指す方向性を教えてください。

分野が森・里・海そして街ととても広い範囲になっているので、我々だけではなく大学や研究者の方と一緒にやっていくわけですが、その際に研究の方向性やデザインなどをサステナビリティセンターがしっかりと行っていく。持続可能な地域となるためにはこれが必要だから、筋道を立ててこれをやっていきましょうというようにディレクションをすることが大切だと思っています。

それから、森・里・海で繋がっているとは言っているけどそれはなんなのか。具体的には、例えば全て水で繋がっているんです。ですのでその水を調べることによって、森の変化が海にどんな影響を与えているかがわかってきます。

南三陸の主力産業は水産業で牡蠣やホヤとかホタテの養殖が盛んなのですが、その養殖物の餌となるのは植物プランクトンなんですね。そして、ある種のプランクトンにはケイ素が必要なんです。山から流れてくるケイ素などの栄養がしっかりある水のときは、牡蠣などがとても美味しく食べれる。しかし、そのケイ素の供給が不安定になってくると貝毒の原因になってしまうことがある。そういうのを見極めるために源流がある森を見に行くんです。

南三陸町は源流から海までがコンパクトにまとまっているので、何かあればすぐに調査をしに行くことができる。そのため研究モデルとしてはすごく調べやすい土地なんです。

そして、この環境が生業にも密接に関わっていて、そのことがまさに一通り見れてしまう。人の暮らしと生業、そして自然環境のモデルとして調べやすく、またそれをここに訪れた方にツアーとしても提供でき学習もできる。これらが可能となる非常に魅力的な町なんですね。

自然環境活用センターの延長線上である”科学的に根拠を持って説明できるようしっかりと調べる”ということをやりつつ、それを見せる仕掛け作りや、わかりやすく伝えること、そしてこの町の特性を最大限に生かして運営をしていきたいと考えています。

理想を言えば、ある研究結果からなにか新しい生業が生まれてくれれば嬉しいです。でも、そこまでいかなくても、新たな事業を考えた時にそれがただ儲かれば良いという方向ではなく、町の環境にどのように影響するのかなどの裏付けを取りデータとして与えることができる存在になることが大事だなと思っています。

現在サステナビリティセンターでは、今後の運営を担う事務局長と研究員を募集しています。このポジションの適任者や太齋さんが一緒に活動してみたいなと思う人物像などがあれば教えてください。

以前は町立で運営していたので、いろいろな制限がある中でやっていました。今回は、自由度を高めるためにも民営で行います。そうなると資金集めというのがとても重要になってくるんですね。そのための行動力や知識、能力を持っている方が事務局長には必要だと思っています。

大切なことは、南三陸町だけが良くなろうという目的でこのセンターを立ち上げるわけではないのだということ。この町をモデルとし色んなことを学べる場面を提供していくことで、同じ目的意識を持っている人を増やしたり、ここで成功した事例を他の地域で展開していく。このモデルとしての位置づけがとても重要だと思っているので、それをしっかりと意識して情熱的に事業に取り組める方が望ましいと思っています。

研究員の方に関しては、専門があり学位を持っていることは前提としてありますが、その上で自分の研究だけではなく、次の社会へ向けた成果をきちんと得られるようなものを作っていくという高い視点で活動できる方。研究とディレクションという部分の全体像に目を向け、デザインができる人が来てくださるとありがたいです。

研究成果がうまくでなくても、それを糧にして地域エネルギーの自立に向かっていける人や、本当に大事なパーツを切り出して、そこにしっかりと人を引き込んで自然科学だけじゃなく、経済の人も引きこめる人。その上で社会にどれだけインパクトを与える研究ができるのかというところを目指せる人が望ましいのではないかと思っています。

 

最後に、将来に向けたサステナビリティセンターに懸ける思いを聞かせてください。

南三陸町でサステナビリティセンターをやるということは、震災との結びつきが必ずあります。被災により我々が気づいたことをしっかりと伝えて、課題だらけの町となったこの土地で、何か一つでも解決することができれば、私たちと同じような課題を持っている地域に適応することが可能となります。このセンターで活動した結果がよその町でも役に立つという、そういう存在になることが、震災でいろんな支援を受けた町としての責務かなというふうに感じてます。

また持続可能な社会作りといった部分に意識を持ち、この町に入ってきてくださる方も多くいます。そういう方たちと協働し、どれだけの活動や事業が創れるかというのもポイントだと思っています。しっかりと資金が回るような仕組みを作り活動を続けていくことで、それが社会の役に立つということを目指し実現していきたいです。

(文・編集=佐々木久枝 宮城県出身・海外在住 2011年より執筆・編集・取材・翻訳に携わる。英仏話者。今後ますます多様化していく生き方・働き方に興味がありライターとして関わった情報が人々の役に立ってほしいという思いで執筆・編集に取り組んでいる。)

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